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日々之雑感

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2008-06-08 野田昌宏宇宙大元帥、死去。

_野田昌宏氏に初めて間近に会ったのは十五年以上前の事だ。金沢での第30回日本SF大会のスタッフをやった後、野田クルゼという小さなイベントをスタッフをやった時だ。野田先生を囲んで一晩わいわい騒ごうという、まあ行ってみればそれだけのイベントだ。

_金沢のユースホステルを借り切った会場にで、、NASAや欧米の珍しい映像作品や、スーベニアグッズを持ち込み、皆に囲まれて、その独自のべらんめぇ調で色々な話をしてくれた。作家の先生というよりは、気前のいい山賊の親分という風体だった。

_まだインターネットなんてものはなく、パソコン通信がある程度で、海外の情報なんて翻訳を待つしか無かった。そんな中で海外の文献やパルプブックの「絵」を持ち込まれた大量のスライドで見せてもらった。このイベントは何回か続き、大学を卒業して私が金沢を離れた後も、出来る限り参加した。

_SFマガジンの連載で、TEPIAでボイジャー2号のレプリカの展示をやる、カレーくらいごちそうするから来い、といった話を真に受けて、車にぎゅうぎゅう詰めに乗り込んで金沢から押しかけた事もある。火星の3Dグラフィックの中を飛ぶシミュレータやボイジャーのモックアップ、その他の展示物の説明を野田先生自ら嬉々としてとして話してくれた。もちろんカレーもご馳走になった。

_その後、私が主体となって、岐阜県で創作のワークショップを行った。野田先生には講師として参加していただいた。野田先生の好意におんぶにだっこな企画だったが、にこにことしたいつもの笑みで、快く引き受けていただけた。

_Progressiveを立ち上げる時には、このときの企画のやり方を基とした。

_昨年のワールドコンの時、野田先生への寄せ書きが行われていた。星海企業の知人から野田先生の病状は聞いていたが、改まった気恥ずかしさと、また会う機会もあるだろう、という根拠の無い希望もあって何も書かなかった。

_私がSFを読む切っ掛けになったのはクラークだったりベンフォードだったり神林長平だったりするのだが、SFファンダムで活動してきて、一番お世話になったのは、というとそれは野田昌宏先生であることに疑いは無い。

_まさに、先生だった。

_ご冥福をお祈りします。

_画像の説明

_[ファンダム] [JunkYard]

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_ ジミーチュウ店舗 [本来の雨具として使用したのは、バスツアーで参加した駒止湿原で、雨に降られたために着用した回だけです。これ以外には、蛭..]

_ ジミーチュウ 新作 [2001年にNYコレクションでランウェイデビューして以来、各都市の人気メゾンを網羅。今年に入って金髪にイメージチェン..]

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